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ピアノがやってきた

久しくブログを更新していなかったので数ヶ月前のことになるが、我が家にピアノがやってきた。

娘がコンセルヴァトリオのピアノ個別レッスンの日になると、きまって沈んだ顔つきでお腹が痛いとか足がだるいとか言うようになっていた。ソルフェージュや合唱の日はうきうきと飛んでいく。きっと課題曲が難しくなってきてプレシャーを感じているんだろうなと思った。
マエストラも娘の変化に気づいていたようだ。

ある日私はマエストラに話がありますと呼び出された。
娘のピアノへの取り組みについて何か決定的なこと、悪い宣告のようなものをされるような気がして、心の準備をした。
私はマエストラの言葉が続くのを待った。

シニョーラ、あの子はピアノを欲しがっています。
あの子はピアノが本当に好きなんです。
でもそれを言ったらあなたを困らせることになると思っている。
だからレッスン中に泣きながら弾いているのです。

寝耳に水だった。娘が私に言えないことがあったなんて。
私は娘のところへ行って、娘を抱きしめた。
隣でマエストラも泣いていた。

昨年まで島の外れの小さな賃貸アパートに住んでいた私達は、ピアノを持つことは叶わないことだった。島の中では新しいといっても築300年を超えるアパートにピアノを入れるには、窓枠と周辺の壁を壊してクレーンで釣り上げて運び込むしかなかった。ヤマハの電子ピアノもあったし、娘には音楽院のピアノ室で練習してもらうことで我慢してもらっていた。
しかし、昨年の秋から音楽院へ中国人留学生が大量に押し寄せてきて、練習室を予約することはとても困難な状況になってしまった。彼らには彼ら同士のネットワークがあり、あっという間に練習枠をいっぱいに埋めてしまうのだ。
家の電子ピアノではどう弾いても音色が変わらない。マエストラのレッスンで音の出し方が分からない。

夫も私も友人達もやれ不景気だ、税金が上がったと顔をしかめて話しているし、私と買い物にでかければ節約節約と聞かされて、娘の性格ではピアノが欲しいなんて言い出せなかったのだと思う。親として子どものことは何でも知っているつもりでいた自分が恥ずかしい。

こうして本土のピアノ専門店へ家族4人で何度か足を運び、我が家にピアノがやって来ることになった。
上を見ればキリがなく、選んだのはごく普通のアップライトだけれど、私は胸がいっぱいだった。人生で初めてローン。頑張って働くぞと思った。
ピアノは緩衝材と毛布にくるまれて我が家の螺旋階段を登ってきた。

私の実家には物心ついた頃からピアノがあったので、私はそれを有難いとおもったことがなかった。真面目な学級委員みたいな音がするピアノで、友達の家のキラキラした音色のピアノを弾くと自分もキラキラと可愛くなれるような気がした。初めてピアノの存在に気づいたのは、18で上京した時だ。当時国立大学の管理はそれほど厳しくなかったから、友人達はやはり地方出身者ばかりで深夜までキャンパスにいて、ピアノに触れることもできた。
そんな中で夫と知り合い、私達は音楽科ではなかったけれど、ほとんど毎日二人でピアノ室に通った。
あの頃は二人共ゼミと卒論で大忙し。一番楽しかったことはピアノ室に通うことだった。今それがリビングに繋がっている。
私は心の中で跳ねたくなる。
by ayusham | 2014-08-31 21:44 | 日記